JGAPがつないだ、新たな販路

茨城県 フクトモ株式会社坂東農場

「農家の敵」だったGAPが、誇りに変わった

茨城県坂東市にあるフクトモ株式会社坂東農場は、現在3ヘクタールの農地でにんじんの生産に取り組んでいる。運営を担うのは、地元出身の野口正年氏。20年間実家で農業を営んだ後、この農場に関わって6年。今では経営戦略室長・農場長として、生産から販売、地域との連携までを一手に引き受けている。

そんな野口氏が、かつては「GAPは農家の敵」と考えていたというのだから驚きだ。「畑で作業もしない人がきれいごとを押しつけてくる。」と反発していた彼が、今ではGAPを農業経営の柱に据え、大手企業との取引を実現している。

GAP ー 信頼される「農業の教科書」

GAPとは「Good Agricultural Practices」の略で、「農業の良い取り組み」を意味する言葉だ。食品安全や環境への配慮、働く人の安全や人権尊重など、持続可能な農業の実現に向けた考え方や実践のことを指す。その中でもJGAPは、こうした取り組みがしっかり行われているかを第三者が確認し、認証する制度である。

生産者にとっては「農業の教科書」であり、実需者にとっては「信頼の証」となる。

野口氏は言う。「最初は無駄な書類ばかりと思っていた。でも今では、この基準があることで、農場を“見える化”できる。取引先との信頼関係を築くためには、これ以上ない後ろ盾です」

価格を決める農業へ

坂東農場がJGAP取得を目指したきっかけは、大手総合商社との商談だった。地元の直売や市場への出荷では、自ら価格を決めることが難しい。費用をかけて育てても、売上が下回ることすらある。

「固定費や人件費を考えると、計画的な販売と価格設定が必要です。」と野口氏。その点、商社との商談では、品種や出荷時期、規格をあらかじめすり合わせたうえで単価を設定できるため、収支の見通しを立てやすくなる。

そんな中、「JGAPを取得していただければ話を進めます」と提案され、猛暑のさなかでにんじんの播種を終えたあと、書類作成を開始。わずか3か月でJGAP認証を取得した。

誰もが安心して働ける農場へ

JGAPにおいて労働環境を整えることも大切な取り組みの一つだ。坂東農場では、地域の福祉施設の利用者や海外からの技能実習生など、多様な人材とともに作業を進めている。野口氏は「それぞれが力を発揮できる環境づくり」に注力している。

「働き方は人それぞれ。だからこそ、作業を明確に分担し、重いものは二人一組で運ぶ。経験の有無や体力差に関係なく、誰もが安全に働けるようにしています」

作業場には手順を掲示し、収穫や選別の工程では色分けや標識を活用するなど、誰が作業しても同じ品質で仕上がる仕組みを整えている。こうした工夫により、事故のリスクも減少したという。

信頼が広げた、新たな販路

JGAPを取得したことで、販路が一気に広がった。たとえば、ある大手コンビニエンスストアチェーンでは、坂東農場のにんじんが野菜スティックとして店頭に並ぶようになった。さらに、有名リゾートテーマパークへの納品も決定。「家族に“これ、うちのにんじんなんだよ”と話せるようになったのは、本当に嬉しい」と野口氏は笑顔を見せる。厳格な品質基準のもとで信頼を得た経験が、農場全体の意識改革にもつながっている。「管理の仕組みを整えることで、問題が起きてもすぐに原因を特定し、改善できる。これはGAPがもたらした大きな変化です」

+SA取得は、自分への挑戦

JGAPに加え、坂東農場では「+SA(Sustainable Agriculture)」も日本で初めて取得している。これは、JGAPの基準に加えて、土地利用の正当性や取引の透明性、法令遵守など、より高い社会的責任と持続可能性に対応する、国際的水準の持続可能な農業を実践している農場として評価する新たな認証制度だ。

この取得は取引先から求められたものではなく、野口氏自身の提案によるものだった。「日本第1号という響きに惹かれました」と笑うが、その背景には、常に一歩先を目指す姿勢がある。信頼を深め、農場としての基盤をさらに強くする手段として、自主的に選んだ挑戦だった。

GAPは通行券。その先の道は自分で切り拓く

「GAPを取ったら、おのずとゲートが開く。」野口氏はそう語る。

だが、その先の道をどう進むかは、自分自身の行動にかかっている。認証を得ることで信頼の扉は開くが、それを活かす発信力や柔軟な対応力が、取引や事業の広がりにつながっていくと考えている。

「取得は通行券。でも、その先をどう走るかは自分次第です」

地域とともに、農業の価値を広げる

坂東農場では、地域連携も積極的に進めている。子ども食堂への提供、地元高校生との収穫イベントなど、農業を通じた“地域の顔”としての活動が広がっている。

ただ野菜を作るだけでなく、地域とともに価値を生み出す。その姿勢こそが、これからの農業に求められる力なのかもしれない。

(取材年月:2025年1月)